無理なダイエットはもうおしまい!

ダイエット、無茶食い、過食、食べる事に悩みを抱える方のためのブログ

アイスクリームが美味しすぎる

 

私は世界中の美味しいものを食べてみたいのかもしれないなと

思いました。

 

アイスクリームが美味しすぎます。

 

とはいえ、

心にわだかまりがあって

アイスクリームを食べることで

そのわだかまりをスイート♪なものに変えようと必死になっているな

という部分もあるみたいです。

 

しかし、

 

にしても

アイスクリームを発明した人には感謝しかありませんね。

 

じゃんじゃん満たしていく

自分の気持ちの覆い隠しているもの

 

それはなんなのか

 

わからないから

 

とにかくじゃんじゃん満たしていってみる

 

 

馬鹿話もしてみたり

古典、名著、を読んでみたり

人とは違うスケジュールで動いてみたり

ボランティアしてみたり

ひたすら寝てみたり

いっそのこと長期の休みを取ってみたり

 

とにかくとにかく

自分自身が「心動かすもの」と出会うことを増やしていく。

 

 

 

何も感じない所からのスタートだったら

ただただ「疲れた」を感じるかもしれないし

本当に何も「感じない」かもしれないけど

 

その疲れだって「感じない」だって

新しい何かをしたからわかり得たこと。

 

新しい何かをして、

知り得なかった感動に出会えるかもしれない。

 

実はそっちの方が多い可能性だってある。

 

どんなこともあなたへの大きな一つの糧になる。

 

 

 

そんなことをすると

誰かから何かを言われるかもしれない?

 

多分それはまだまだ付きまとうかもしれない。

 

でも、大丈夫

 

今までの過去のことは「そんなこともあったな。」と置いておいて

 

それはそれ、これはこれで

 

じゃんじゃん満たしていく

 

 

「ながら食い」のメリット あまのじゃくになれ

最近

「ながら食い」しています。

 

定説はこうではありませんか?

「自分の本当に食べたいものを

 しっかり心ゆくまで味わいましょう。」

 

わかっていてもできない段階ってのがあります。

 

「そうしようそうしよう」と思えば思うほどできない段階

 

食べようとする時に

「そんなことをしていちゃいけない!もっとこうしなきゃ!」

「こうあるべき!」

「そんなことよりもっと時間を有意義に!」などと

心の声がわめき立てるのです。

 

(私だけでしょうか?)

 

そんな自分の声を聞きながら落ち着いて食べることなんてできません。

 

 

なので、自分の心の声を少しでも抑えるために

今あえて「ながら食い」をしています。

 

私にとっては、そうしていた方がよく噛めたり

一口一口がゆっくりになったりしています。

 

今自分の頭が

「自己否定をしたくてたまらない」んだな

「自分の悪口を言いたくてたまらないんだな」と

冷静になれたりします。

 

 

真面目なそこのあなた!

あえて定説を崩して、自分なりの方法を探してみませんか?

 

「信頼」という繋がり 私の根っこもきっとここの部分

 「なぜ食べ続けてしまうのだろう?」

 

この疑問文は

過食する自分自身を責めている場合にはしてはならない疑問文です。

 

なぜ?なぜ?と問い続けている限り

より意識が過食を強化するフォーカスするようになるからです。

 

過食する自分しか見えなくなってしまいます。

 

ですが過食というものを

もう少し大きな視点で捉えてみると「依存」や「中毒症状」と

捉えることもできます。

 

自分自身を責めているという状態から脱することができ

自分自身が見えていなかった部分を捉え直そうと

気持ちが向いた人には

「なぜ?」という疑問文は解決への糸口になるかもしれません。

 

この書籍とTEDでは

その症状が現れるの根本的なところを表してくれているようにも思います。

 

(書籍は薬物などの依存症の症例など多数書いてあります、

気持ちが安定している時に読まれることをお勧めします。)

 

(また過食をしている家族がいる場合、どのように支援をすれがいいのかも書いてあるのでお勧めします。)

 

“それら「物」や「行動」のアディクションに頼れば、我慢が限界に達した時、不安や疲労感、イライラ感や怒りといった我慢に伴うさまざまな負の感情は瞬時に「放流」され「人」に一切頼ることなく、安心感や解放感、高揚感を体験することができる。

そうして心が楽になったアディクトたちは、自分が普段我慢して隠している本音や負の感情を周囲の人々に気づかれることなく、表面的には元気で明るく真面目な「ふり」をして、再び「人」のいる「我慢の戦場」へと踏み出すことができるようになるのだ”

 

人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション

人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション

 

 

 

あなただけでなく、世界中の人が同じ悩みを抱えていて

解決の糸口は「ある」ということを教えてくれています。

 

www.ted.com

(日本語訳を表示する方法は

パソコンから開き

画面右下のsubtitle controlから日本語を選択してください。)

 

もう一度書籍から

 

“私たちはもはや地縁・血縁社会に逆戻りすることはできない。

しかし、私たちが物に頼っていい部分と人に頼るべき部分との分岐点を見極め、便利さと不便さの均衡が取れ、自分と他者の心理的孤独に気づくことができる社会の新しいあり方を目指すことは、不可能ではないはずである”

自分を信じるために 新しい神経回路を作る

自分を信じる

 

過去にこれだけ頑張ったからこれができたというような

ごくごく一般的な「自信」という意味から

ただただ自分自身の存在そのものを認めることまで

 

ただただ、深く深く自分を信じるということのために

 

今までとは違うパターンを脳に与えてあげよう。

 

 

自分自身の知り得ないところで

「わたし」という存在が時間も空間も超えて影響を与えている

そのことに納得を深めるためにも

 

新しい神経回路を作っていこう。

 

はじめのうちは

恒常性維持機能によって

元に戻れろうとする力が強いけれど

 

「わたし」というあたなをもっと多角的にみるために

「わたし」というあなたが

ただ心を病む部分だけではないことを

 

「わたし」自身に知らせてあげよう。

 

 

では何をすればいいのか

わたしの経験からすると一番おすすめは「筋トレ」だったりするけれど

何をすればいいかは

あなた自身が決めてほしい

 

ダンスでも

絵画でも陶芸でも

 

やってみたったことをやってみることが

一番いい

 

ここは誰かのための何かより

ただただ自分自身が豊かになりそうなことを選んでいくのもいい

 

やってみた結果できなくっても全然構わない

というか

できなくて当たり前でいい

初心初学、初めてすることに戸惑うことは

脳が必死で追いつこうとしいる証拠

 

(わたしの場合は何かをした時に、

皮肉や嘲笑われる経験が多かったからか

挑戦することに躊躇したり

何かにうまくいかないたびに、ビクビク怯えたり

そんな過去をなぞりがちな、その脳のパターンにももう慣れて来ました。)

 

新しいことをする

自分に合いそうなことを継続してやってみる

 

さらっと

全く知らない何かを初めてみましょう。

 

必ず新しい自分を知ることができますから。

 

心を育てよう

 

食べることに問題を抱えている

そう思う心がある

 

罪悪感や自己嫌悪自己否定・・・

たくさんの感情が絡み合って

食べることに向かっている心がある

 

だけど

食べることが一番自分自身を守り癒す方法でもある

それも事実

 

依存なども

「そこに向かうしかなかった」

「その時はそうするしかなかった」

という過去があったのかもしれない。

 

私も「食べる」ことのみが

強いドーパミンを出し

日常生活に支障をきたすほどになったのかもしれない。

 

 

だから

もう一度

 

一つ一つ

自分で自分を成長させるしかない

 

周りから見れば

その様を見て

ネガティブな意見しか飛んでこないかもしれない

 

感情を出して楽しむことも

新しいことに挑戦してみることも

お金を使うことも

自分自身にできることを増やすことも

自分で制約を決める守ることも

 

 

バカにされたり皮肉を受けたり

理解されなかったり

恨みを買うこともあるかもしれない

 

そして、今までのように自分自身を傷つけることが

出てくるかもしれない

 

だけど

 

もう周囲は関係ない

 

誰よりも

自分自身の基準で

自分を傷つける『わたし』をも「かわいいな。」と

思えるような暖かさを持って

 

心を育てていこう

感覚があるって素晴らしい

新鮮な野菜を食べて

 

「ああ!美味しい!」と思えるようになる

 

自分に感覚があることがわかった時

 

それが喜びになる

 

 

心と体が離れていると

どれだけ食べても何も感じない

 

そんな時も超えられる